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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)208号 判決

原告

東芝ケミカル株式会社

右代表者代表取締役

箭吹一誠

右訴訟代理人弁護士

西迪雄

向井千杉

富田美栄子

右訴訟代理人西迪雄復代理人弁護士

奈良輝久

被告

公正取引委員会

右代表者委員長

小粥正巳

右指定代理人

南勝

外四名

主文

一  被告が、原告に対する公正取引委員会平成元年(判)第一号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反事件につき、平成四年九月一六日付けでした審決を取り消す。

二  本件を公正取引委員会に差し戻す。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一原告

(主位的請求)

1 被告が、原告に対する公正取引委員会平成元年(判)第一号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反事件につき、平成四年九月一六日付けでした審決(以下「本件審決」という。)を取り消す。

(予備的請求)

2 本件を公正取引委員会に差し戻す。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

二被告

1  本件請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二事案の概要

一争いのない事実、被告が本件審決で証拠により認めた事実で、かつ、原告が実質的な証拠の欠缺を主張しない事実並びに本件審判事件記録上明らかである事実によると、本件審決に至る経緯は次のとおりである。

1  原告は、紙基材フェノール樹脂銅張積層板の製造販売業を営むものであり、右製品又はこれと同等の製品である紙基材ポリエステル樹脂銅張積層板(以下、両製品を含めて「本件商品」という。)の製造販売業を営む日立化成工業株式会社、松下電工株式会社、住友ベークライト株式会社、利昌工業株式会社、鐘淵化学工業株式会社、新神戸電機株式会社、三菱瓦斯化学株式会社(以下、各会社を株式会社を省略して表示し、以上の七社を「同業七社」といい、原告を含めて「八社」という。)と共に、熱硬化性樹脂製造業者によって組織されている合成樹脂工業協会に加入しており、その品目別部会の一つであり、各社の担当役員級の者で構成されている積層板部会(以下「部会」という。)に所属している。右の部会の下部機関として、各社の部課長級の者で構成されている業務委員会及び海外委員会並びに各社の部課長、支店長、営業所長級の者で構成されている大阪委員会と名古屋委員会が設置されている。

2  本件商品は、主としてテレビジョン、ビデオテープレコーダー等の民生用機器のプリント配線板の基材として使用されており、その販売数量は、右プリント配線板に用いられる銅張積層板の総販売数量の大部分を占めている。

本件審決当時、八社の本件商品の国内向け供給量の合計は、日本における本件商品の総供給量のほとんどすべてを占めており、そのうち、日立化成工業、松下電工、住友ベークライト(以下「大手三社」という。)が、約七〇パーセントのシェア(昭和六二年当時)を占め、大手三社の動向がプリント配線板用銅張積層板業界に大きく影響を与える状況にあった。

3  昭和六〇年以降の日本における本件商品の取引価格についての市場動向ないし状況は、次のとおりであった。

(一) 本件商品は、他のプリント配線板用銅張積層板に比べ、量産品で製品差別化の程度が小さく、製造販売業者間の価格競争が激しく、また、最終需要者である家電製品等のセットメーカーの力が強かった。

(二) 本件商品の販売価格は、輸出価格については、アメリカ合衆国ドル建てであったために昭和六〇年以降の円高の影響により採算が悪化し、国内需要者向け価格についても、円高により輸出不振に陥っていた家電製品等のセットメーカーがコストダウンを図り、本件商品の加工ユーザーであるエッチングメーカー等に再三値引きの要求を行ったので、昭和六一年初めころから下落傾向を続けていた。また、同年秋ころからは、フェノール、銅箔等の積層板の原材料の価格も上昇傾向を示していた。そのため、八社とも本件商品の販売価格の下落防止のみならず引き上げを強く必要とする状況にあった。

4  原告は、昭和六二年当時、株式の東京証券取引所第二部へ上場を申請する予定であっため、経営予算を計画どおり達成し、継続的に収益の確保を図れるようにする必要があった。

5  同業七社は、昭和六二年初めころから同年六月一〇日までの間に、定例ないし臨時の部会や業務委員会を開催し、本件商品を含むプリント配線板用銅張積層板の販売価格の下落防止、その引き上げ等について情報交換や意見交換を行ってきた。原告の担当者も、その意見交換や協議に参加したものといえる言動をしていたか否かはともかくとして(原告は、後記のとおり、その点について一部の事実につき実質証拠の欠缺を主張している)、右の会合にほとんど出席はしていた。

右の各会合における原告の担当者を除く出席者等のした行為・言動や取り決め等の内容は、別紙の審決書(以下「本件審決書」という。)の引用にかかる審決案(以下「本件審決案」という。)の第一、五(一)ないし(九)及び六に記載されているとおりである。

6  八社は、昭和六二年六月一〇日の臨時部会の後に、本件商品の値上げをそれぞれの社内に指示等し、需要者らに対しても右値上げを通知して、その了承方を要請した。その経緯は本件審決案の第一、七に記載されているとおりである。

7  被告公正取引委員会は、八社の本件商品の協調的値上げにつき私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下、「本法」といい、条文を引用するときは「法」という。)に違反する疑いがあるとして、昭和六三年五月、審査を開始し、同年六月に立ち入り検査を行って審査を続け、平成元年六月六日、八社に対し、昭和六二年六月一〇日の臨時総会で本件商品の販売価格の引き上げに関する決定を行ったとして、その破棄等の措置勧告を行った。同業七社はこれを応諾したが、原告はこれを応諾しなかった。そこで、被告公正取引委員会は、平成元年八月八日、原告を被審人として本法違反の疑いがあるという理由で審判開始決定をし(公正取引委員会平成元年(判)第一号本法違反事件。以下「本件審判事件」という。)、審決を除く審判手続の一部を事務局の審判官に行わせることとした。右審判官は、当該審判手続を施行したうえ、平成四年五月一一日本件審決案を作成し、翌日原告にその謄本が送達された。原告は、同月二六日、被告公正取引委員会に対し、右審決案に対する異議申立書を提出した。そこで、被告公正取引委員会は、同年七月一五日に直接陳述聴取のための期日を開いて、被審人代理人らから陳述を聴取し、同年九月一六日、本件審決書のとおり審決をし、翌日原告にその謄本が送達された。

8  本件審決をした被告公正取引委員会の委員のうち、委員植木邦之(以下「植木委員」という。)は、昭和六二年六月三〇日から平成二年二月二八日までの間、公正取引委員会の事務局審査部長の職にあり、その在任中に行われた本件事件の審査を統括し指揮する立場にあったが、公正取引委員会の委員に任命されてから、平成四年七月一五日の直接陳述聴取のための期日に立ち会い、本件審決に関与し、本件審決書に署名押印した。

なお、被審人代理人西迪雄は、右の被告公正取引委員会による直接陳述聴取のための期日において、「この中のある委員は、ほかの委員よりもさらに深く審査の関係にも関与しておられるように承知しております。しかし、この関与の問題については、できる限りその立場を超えて公正な判断ができるよう、反省して対応していただくことが、この公正取引委員会における審判制度の根底にある問題ではないかと私は思います。」との意見を述べ、植木委員が本件審決の合議から回避すべきことを婉曲に求めた。

9  原告は、本件審判事件の審判手続中に、高木幹夫(昭和六二年当時の原告の常務取締役営業本部長)及び斎藤征二(昭和六二年当時の日立化成工業の電子基材事業部企画管理部長)の本件審査段階における供述調書(以下、高木の供述調書を「本件供述調書」といい、両方を併せて「本件供述調書等」という。)について、次のとおりの申立をしたが、いずれも審判官によって却下され、右却下決定に対する異議申立も、被告公正取引委員会によって却下された。

(一)(1) 原告は、平成二年二月二八日、本件供述調書等の証拠開示の申立をした。

(理由の骨子)実体的真実発見の要請上必要であり、特に原告の防御のため重要である。

(2) 審判官は、同年二月二八日第四回審判期日において、右申立を却下する旨の決定をした。

(理由の骨子)原告代理人が、高木及び斎藤の参考人審訊を申請するならば、その審訊が終了した後で判断するとして、現段階では必要がない。

(二)(1) 原告は、同年四月二七日、本件供述調書等の文書提出命令の申立をした(法五二条一項、公正取引委員会の審査及び審判に関する規則〔以下「審査・審判規則」という〕四七条一項)。

(理由の骨子)原告が同業七社との間における価格協定等協調行動を取り得ない旨を言明していたこと並びに同業七社が原告の右の意向を了知していたことを明らかにする文書であり、原告が価格引き上げに関する意思の連絡をとる余地がなかったことを立証するのに必要であり、最良証拠である。

(2) 審判官は、同日第六回審判期日において、右申立を却下する旨の決定をした。

(理由の骨子)対象となっている供述人を参考人として審訊することが可能であり、それによって原告の防御権を行使できるから、現段階では提出命令の必要性がない。

(3) 原告は、同年五月二一日、被告公正取引委員会に対し、右文書提出命令の申立却下決定につき異議の申立をした(審査・審判規則六二条、法五一条の二、四六条一項)。

(理由の骨子)原告には、東京証券取引所二部上場の実現のため、それを妨げるような同業七社との間における価格協定等に関係するような疑いを抱かれないように特に注意し、関係の会合等において機会あるごとにその旨を言明していたという特殊事情があったところ、右の特殊事業の立証に本件供述調書等は効果的であり、真実発見に寄与するものである。審判手続において当事者が取調べを請求した当該事件に関する証拠は原則として採用されるべきものとするのが、公正取引委員会の先例であり、右の特殊事情をいかなる証拠方法により、また、いかなる順序によって立証するかは、立証の利益を有する被審人の意向に従うべきである。審判官は、本件供述調書等が原告の立証活動にとって重要な意味を有することを立証しようとして申請した参考人富田美栄子(被審人代理人弁護士)の尋問も採用せず、対審構造を前提とする審判手続の証拠法則を無視して、右文書提出命令の申立を違法に却下した。

(4) 被告公正取引委員会は、同年五月二八日、右異議の申立を却下する旨の決定をした。

(理由の骨子)審判手続においては、審判官は、求めがあればすべて文書提出を命じなければならないものではなく、被審人の防御権を不当に制約することとならない限り、その具体的必要性及び相当性を勘案して、文書提出命令の申立の採否を決することができる。原告の主張する立証趣旨は、本件供述調書等の供述者らが、原告の主張する特殊事情等を知悉しあるいは知悉している可能性があるということであるから、右特殊事情等の存否を立証する効果的な方法は、まず、供述者らを審訊し、その存否、内容等、必要があれば本件審査当時の供述内容を明らかにすることであり、本件供述調書等の提出を審査官に命ずる必要性は認められない。

(三)(1) 原告は、参考人高木幹夫の審訊完了後平成三年四月三〇日、本件供述調書につき、再度、文書提出命令の申立をした。

(理由の骨子)原告は、本件の審査段階において、原告の主張する特殊事情の存在につき申述していたが、審査官は、右の特殊事情の調査をことさら回避し、一方的に枝葉末節な事実の調査に終始して、原告にとって重要な事実について弁明の機会を与えないまま審査を終了した。このことを立証するために本件供述調書が必要である。

(2) 審査官は、同年五月八日第一五回審判期日において、右申立を却下する旨の決定をした。

(理由の骨子)必要性がない。

(3) なお、原告は、右の文書提出命令申立の却下決定については、被告公正取引委員会に対して異議の申立をしなかった。

二原告は、主位的請求として、本件審決につき法八二条一号又は二号に該当する事由があるとして、本件審決の取消を求め、予備的請求として、法八一条に該当する事由があるとして、本件を公正取引委員会に差し戻すことを求めた。

第三争点

一本件審決に植木委員が関与したことが、憲法三一条、三二条に違反し、法八二条二号に該当するか否か。

1  原告の主張

(一) 行政委員会において、調査・訴追機能と審判・決定機能とが組織上統合されていること自体は、デュー・プロセスの保障に反するものといえないが、当該行政委員会を構成している特定の委員が、その立場上、調査・訴追機能の遂行にも関与した場合で、その関与が、調査開始決定又は審判開始決定に参画し、当該行政事件に関する相当の嫌疑の存否の判定をする程度を超えて、当該事件の実体に深くかかわり、審判・決定機能を遂行する以前に一方的な情報を取得していたなど職務の公正な行使を疑うべき具体的事情があるときは、当該事件の審判・決定に関与することは、デュー・プロセスの保障に反するものである。

日本国憲法が、デュー・プロセスの保障の点において、アメリカ合衆国連邦憲法と基本理念を共通にしていること並びに被告のような行政委員会の制度が、法の支配の原則のもとに設けられた同国の準司法機関とその設立、運営の理念において同様の立場にあることに鑑み、具体的事案の処理に関し、調査・訴追手続の職務に実質的に関与した職員が委員として最終決定に関与することについて制約を課し、デュー・プロセスの保障を確保している同国の行政手続に関する裁判例を、本件においても考慮に入れるべきである。

(二) 公正取引委員会の事務局の審査部長は、本件違反事件について端緒となる事実に接したときは、審査の要否につき意見を付して同委員会に報告することとなっており、同委員会が、これに基づいて、事件の審査を必要と認めたときは、審査官を指定し、事件の審査にあたらせるものとなっている(審査・審判規則九条)。

審査部長は、審査官を統括し、事件の調査をした結果等を知悉して担当審査官の意見を集約し、これを公正取引委員会に報告し、同委員会の合議に際しても、審査部の意見を代表して具申し、これに基づいて、同委員会が法四八条の措置勧告をする。

なお、法五一条の二ただし書の適用の関係で、審査部長は事件の審査に関与したことのある者に該当するという見解も出されている。

(三) 植木委員は、審査部長であった当時、本件にかかる証拠資料の収集等を指揮し、後に本件審判事件の審判手続において取り調べられた各種の報告書(〈書証番号略〉)の名宛人となって、その内容に接触し、また、審査手続上の判断、意思決定に審査担当責任者として直接関与した。

(四) 植木委員は、審査部長当時の平成元年六月六日、八社に対する措置勧告がなされた場に出席し、「関係会社のいろいろなご意見があることを踏まえたうえで勧告をした。」と言明し、同月一二日に住友ベークライトの代理人弁護士高橋勝好と面談した際、同人に対し、本件の具体的内容に触れ、「皆さんは、情報交換とカルテルとを混同している。」、「業界の意見交換はカルテルの予備行為又はカルテル自体である。」、「本件は、そのような機会が非常に多い。」、「昭和六二年六月一〇日は情報交換といい得る以上の内容の議論がなされた。」、「それを示す書面もある。」、「相互に意思を疎通しとは、黙示の合意があったとの認定を示している。」、「概ね引き上げているというのは、値上げ額が概ねであるというのではなく、要するに、引き上げを承諾し、通知、実施していれば、その金額がいくらであっても概ね引き上げているということである。」などと本件の中心的争点に関して、具体的証拠の存在等にまで言及して、審査部の見解を開陳している。このことは、当時の植木審査部長が、審査手続において、本件に形式的に関与したにとどまるものでなく、本件の審査に実質的に関与し、本件について、本件審決前に一方的情報を得ており、予断をもって本件審決に臨んだ可能性があったことを示すものである。

(五) 法五五条二項、三四条一項、審査・審判規則二五条によれば、公正取引委員会が審判手続や審決を行うには、委員長及び二人以上の委員が出席すれば足りるから、植木委員を本件審判手続に関与させないことが法令上可能であったし、同委員を本件審決に関与させなければならない特別の事情もなかった。

(六) したがって、植木委員の関与した本件審決は、行政手続についても適正手続を保障した憲法三一条に違反し、また、本件審判・審決手続は、裁判の第一審手続に準ずる機能をもつものであるので、「公正な」裁判を受ける権利を保障した憲法三二条にも違反するものである。

2  被告の主張

(一) 公正取引委員会は、総理府の外局ではあるが、法律又は経済に関する学識経験のある者のうちから、内閣総理大臣が衆参両議院の同意を得て任命する委員長及び四人の委員で構成された合議体の行政機関であって、他から指揮・監督を受けないで独立して、その職権を行使して本法違反事件を処理すること、すなわち、自ら調査・審査し、自ら勧告を行い又は審判手続を開始し、自ら審決することを基本構造として、市場競争政策の実現という政策目的の達成のために、統一的に行政手続に基づく行政活動をする行政機関である。その行政活動の基本構造は、政策を効率的に推進するために糾問的なものであり、公正取引委員会の事務局に、調査・訴追機能を果す審査官制度と審判官による審判手続制度が設けられ、審判手続について訴訟手続類似の構造がとられているが、それは同委員会の事務処理を能率化し、被審人に十分な防御の機会を与え審判手続の公正を確保するという趣旨に出たものであり、同委員会の統一的かつ合目的的な活動の一つに過ぎず、そのことは同委員会の行政機関である本質を超えるものではない。したがって、審査官の審査機能と審判官の審判機能の分離が、法五一条の二に規定されていても、同委員会自体には右機能の分離は要請されていない。

(二) 審査部長の職務が、審査・審判規則上、原告の主張(二)のとおりのものとされていることは認める。

実務の具体的処理と審査部長の関与の状況は、次のとおりである。

一般人からの申告又は職権探知を事件の端緒として、まず、事務局の審査部が予備的な審査活動を行い、審査部長が公正取引委員会に事件の端緒、事実の概要等に関する報告をする。同委員会は、右報告に基づき事件の審査の必要を認めたとき、事務局の審査部及び地方事務所の職員の中から事件ごとに審査官の指定を行い、その審査官に事件関係者等に対する審訊、帳簿書類の提出命令、立ち入り検査等の強制処分やその他の調査を行わせて、事件の審査に当たらせる。審査官は、審査活動が終了すると、事件の端緒、審査経過、事実の概要、関係法令、審査官の意見を記載した審査報告書を作成し、審査部長を経て同委員会に報告する。同委員会は、右報告に基づき、本法違反事実があると認めたときは、措置勧告又は審判開始決定の手続をとる。したがって、審査部長は、事件の端緒に接し、同委員会へ報告する際の会議等によって事件に関与し、審査の開始後は、事件処理の方針、方法等について検討する審査報告会議及び審査官の同委員会に対する審査報告書によって審査の経過等を承知するのみであり、事件審査を統括し審査官を指揮・監督する立場にあっても、審査官には指定されないので、審査官のように直接事件審査に関与することはない。

(三) 原告がその主張(三)で指摘する各種の報告書は、審査官の作成した文書であり、作成者が審査部の職員であるため、形式上の名宛人を植木審査部長とされたものに過ぎない。同人は右報告書の内容にいちいち接触していたものではない。

(四) 植木委員が審査部長であった当時原告の主張(四)で指摘されているような言明をしていることは認めるが、その言明は、審査部長であれば当然に知り得る事柄であり、審査報告会議等に参加したり、公正取引委員会への報告を聴取したことにより知り得た内容を所感あるいは審査官によって収集された証拠に基づく説明として述べたり、本法の解釈に関する法律的見解を説明したりするものにとどまり、事件に対する具体的偏見を示すものではない。

(五) したがって、公正取引委員会における手続は、独立した専門的有識者の合議体が主体となって、その職務の意思決定を行い、職務の執行の手続構造においても、審判の公開により国民の監視の下に、当事者主義的対審手続を採用することにより、同委員会の恣意を排除し、公正を確保する機能が保障されているので、審査部長であった植木委員が本件審決に関与しても、憲法三一条、三二条に違反するとはいえない。

二原告が同業七社との間で意思の連絡をとり、共同して本件商品の国内需要者渡し価格の引き上げを決定したという事実を認定するに足る実質的な証拠が審決資料になく、法八二条一号に該当するか否か。

1  原告の主張

(一) 本件審決案の理由第一のうち、次の認定事実については実質的証拠が欠缺している。

(1) 四(一)のうち、「各社単独で値上げをすることが著しく困難な状況にあった」という認定事実。

(2) 四(二)のうち、原告に関して、「国内需要者向け価格の引上げのためには、国内向けよりも安くなった輸出価格を引上げることが先決であった」という認定事実。

(3) 五(四)のうち、「日野は被審人を代表して大手三社が値上げを実行すれば被審人も協調していく趣旨の発言をした」という認定事実。

(4) 五(五)のうち、四月二〇日の定例部会において、「値上げすること自体について積極的に反対する意見はなかった」という認定事実。

(5) 五(六)のうち、「四月二一日の業務委員会において日野が具体的な値上げ方法等の検討に参画した」という認定事実。

(6) 五(七)ないし(九)のうち、各会合に出席した原告の関係者が、本件商品の価格引上げに関与する他社との協議につき、「参加したと見なし得るだけの言動をした」という認定事実。

(7) 六のうち、原告の関係者が六月一〇日の臨時部会において本件商品の価格引上げについて、「意見交換を行った」という認定事実。

(8) 七(二)の値上げ通知等の認定事実。

(二) 本件審決の引用する本件審決案の理由第三、一のうち、「昭和六二年六月一〇日の臨時部会において、まず大手三社が同年六月二一日以降、逐次本件商品の国内需要者渡し価格を現行価格より一平方メートル当たり三〇〇円又は一五パーセントを目途に引き上げる旨を決定し、他五社がこれに黙示的に追随することにより相互に意思を疎通し、もって前記内容の協調値上げをする旨の決定をした」という認定事実については、①八社において昭和六二年六月一〇日に右の決定なるものが形成されたとはいえないという点で、②原告は、右価格の引上げに関し同業他社との間において意思の連絡がなく、右の決定なるものに参画していないという点で、③右の商品の流通経路が多様で、製造メーカーが最終需要者であるセットメーカーに対して直接販売する場合と、中間にエッチャーや取引代理店が介在して順次販売される場合があり、本件カルテル合意の対象とされている「国内需要者渡し価格」のいう国内需要者の意味、価格の内容が証拠上一義的に特定されておらず、これについて拘束力のある合意が成立したとはいい難いという点で、実質的証拠が欠缺している。

そして、右の各点に関する事実のうち、次の認定事実も、その証拠判断に合理性がなく、実質的証拠が欠缺している。

(1) 右審決案の理由第三、二(二)のうち、「本件は、八社の関係者が挙手する等して明確な決定がなされたわけではなく、大手三社の合意による協調値上げに対し他の五社が黙示的に賛成し、追随するというかたちでなされたため、中川は、自社が値上げするについて新聞発表したことを各社に報告するとともに、念のため他社に対し、本件協調値上げの実施を促す意味で右の発言をしたとも考えられる」という認定事実。

(2) 同二(二)のうち、「高木の前記発言に対し何ら異論ないし非難の声があがらなかったのは、未だ決定がなされなかったためではなく、同業七社は後記のとおり被審人の後記特殊事情を知っており、高木の立場上前記発言もやむを得ないものと同業者として高木の立場に理解を示すとともに、前記認定第一の四、五、六の積層板業界の実情、市場の状況及び従前の被審人の対応からみて、高木の右発言を額面どおり受け取らず、被審人は本件協調値上げに追随してくると考え、あえて異論ないし非難をしなかったとも考えられる」という認定事実。

(三) 複数事業者の価格引上げ行為が類似した態様のものとなった場合においても、各事業者が互いに他の事業者の価格引上げ行為の内容を単に認識していたにとどまる限りは、これらは相互に関連なく併存するといいうるに過ぎず(法第四章の二の規定する「価格の同調的引上げ」に該当することがあるのみ)、少なくとも、複数事業者間において、互いに他の事業者の価格引上げ行為を認容する関係、すなわち、相互に他の事業者が協調的行動をとることを期待し、期待されるという関係が存在して、はじめて相互拘束的な合意の形成を推認でき、価格引上げについての「意思の連絡」があったものといい得るものである。

本件では、八社が互いに本件商品の価格引上げに関する行動について認識していたのみであり、これを認容していたこと、特に、原告が、本件商品の価格引上げにかかる同業七社の行為を認容したり、協調的価格引上げに参画する意思を有していたことを合理的に認めるに足る証拠はない。

すなわち、八社が、昭和六二年六月一〇日に不当な取引制限にかかる合意を形成し、競争を実質的に制限したことを証明する直接証拠はなく、また、本件審決案の理由第一において指摘されている間接事実も、証拠のうち、審決の意図する結果に即応する一部の外形的事実をことさらに抽出したものであって、証拠の取捨選択が合理性を欠き、それらから主要事実を推認することも合理性を欠く。むしろ、右の間接事実に加えて、原告が反証として提示した証拠によって認められる次の諸事情を総合し、合理的経験則に照らしてみれば、本件審決における主要事実の認定には、実質的証拠が欠缺している。

(1) 原告が株式上場を図る時期にあり、また、東芝グループの東芝機械株式会社がココム規制違反事件で問題とされ、企業倫理を重視し、株式上場の妨げとなる本法違反行為等の嫌疑を受けないようにしなければならなかったこと。

(2) 原告が、機会をとらえて同業七社に対して、協調値上げ行動をとる余地がないことを表明していたこと。

(3) 被告による本件の調査が開始された後には、同業七社の合同打ち合わせには参加しないなどの対応をとり、他社もこれを容認していたこと。

(4) 原告の本件商品の値上げは、その経営の継続性と成績の見直しのためにする動機があったといえても、違法なカルテル行為に参画する動機はあり得なかったこと。

(5) 原告ら関係各社の本件商品の平均価格、販売金額及び販売数量の動きは、無秩序で、一般的に競争制限的傾向が窺えなく、現実にも原告らの昭和六二年一一月以降の本件商品の納入量の減少やシェアーの減少などがみられること。

2  被告の主張

(一) 本件審決案の理由第一のうち、原告が実質的証拠の欠缺を主張する各認定事実については、次のとおり実質的証拠があり、これらの証拠を総合すれば、それらの証明は十分である。

(1) 査第一七号証(新神戸電機の藤木洋の供述調書)、査第三七号証(原告の日野誠三の供述調書)、査第四一号証(住友ベークライトの河野明彦の供述調書)、査第四二号証(利昌工業の守谷忠司の供述調書)

(2) 査第三八号証(日立化成工業の斎藤征二の供述調書)、査第四三号証(利昌工業の中村泰三の供述調書)、第九回審判期日における参考人斎藤征二の陳述

(3) 査第一二号証(利昌工業の根岸傳次の供述調書)、査第五六号証(日中プリント板懇談会〈A〉と題する文書)、査第五七号証(原告の日野誠三の供述調書)

(4) 査第二二号証(鐘淵化学工業の田中新弥の供述調書)、査第五二号証(住友ベークライトの倉内英孝の供述調書)、査第六〇号証(松下電工の江崎四郎の供述調書)、査第六二号証(東京商会の細井健郎の供述調書)、査第七一号証(利昌工業の阪本恭三の供述調書)

(5) 査第二二号証及び査第七二号証(いずれも鐘淵化学工業の田中新弥の供述調書)、査第六九号証(日立化成工業の斎藤征二の供述調書)、査第七三号証(4月21日〔火〕積層板業務委員会と題する文書)、査第七六号証(鐘淵化学工業の岸岡滋の供述調書)、査第七八号証(四月三〇日業務委員会各社提出合協集計と題する文書)、査第八〇号証(A日本、NICSの現状についてと題する文書)

(6) 査第七一号証(利昌工業の阪本恭三の供述調書)、査第八五号証(住友ベークライトの倉内英孝の供述調書)、査第八八号証(5月21日〔火〕積層板業務委員会と題する書面)、査第四三号証(利昌工業の中村泰三の供述調書)、査第九一号証(日立化成工業の斎藤征二の供述調書)、第一四回審判期日における参考人高木幹夫の陳述

(7) 査第二二号証(鐘淵化学工業の田中新弥の供述調書)、査第三七号証(原告の日野誠三の供述調書)、査第三九号証及び査第九一号証(いずれも日立化成工業の斎藤征二の供述調書)、査第七一号証(利昌工業の阪本恭三の供述調書)、査第九〇号証(Pアップ方針決定の件と題する文書)、査第九四号証(松下電工の江崎四郎の供述調書)、査第九六号証(新神戸電機の藤木洋の供述調書)

(8) 査第三号証(原告の久保田進の供述調書)、査第五七号証(原告の日野誠三の供述調書)、査第一〇三号証(原告の野原規義の供述調書)、査第一〇五号証(原告の安田敏夫の供述調書)、査第一〇〇号証(昭和六二年七月一日付けの会議開催通知と題する書面)、査第一〇二号証(昭和六二年七月一四日付けのメモ)、査第一一一号証(昭和六二年七月一五日付けの価格改訂のお願いと題する文書)

(二) 本件審決案の理由第三のうち、原告が実質的証拠の欠缺を主張する認定事実については、右に掲げたような実質的証拠があり、右の証拠をはじめとする本件全証拠及び審判の全趣旨に基づいて合理的に判断すれば、八社が本件商品の価格引上げについて情報や意見の交換をして、同業七社が協調的価格引上げを決定し、原告も同業七社と意思の連絡をとって、各流通経路に従い、最終需要者であるセットメーカーを含む原告らの直接の取引相手である国内需要者に対する販売価格の引上げの決定に参画していたものと認定することができ、その証拠の取捨や推論に経験則に反するところはない。

(三) 複数の事業者が共同して対価を引き上げたと認められるためには、「意思の連絡」が必要であるが、或る事業者が他の事業者の行動を予測し、これと歩調をそろえる意思で同一行動に出たような場合には、これらの事業者の間に意思の連絡があるものと認めるべきである。本件においては、原告は、本件商品につき、同業七社の価格引上げの合意やそれに基づく値上げ行動を知っていたものであり、これに歩調をそろえて追随する意思で、価格引上げ行為をしたものであり、同業七社も原告の追随を予想していたものであるから、意思の連絡があったと認定するに十分である。また、本件のような協調的値上げの場合、値上げが実施できるかどうかは取引先との力関係次第で決まるから、必ずしも決定どおり値上げが行われるとは限らないが、決定の実現に向けた事後の行動の一致があれば、共同行為があったと認めるべきである。

三原告が平成三年四月三〇日付けでした本件供述調書の文書提出命令申立を被告公正取引委員会の審判官が正当な理由がないのに却下したか否か。

1  原告の主張

審判手続においては、当事者が取調べを請求した証拠は、当該事件に関連しており、かつ、明白な違法ないし不当性が認められない限り、原則として採用されるべきである。原告は、原告には同業七社とは異なる特殊事情があり、したがって、本件の協調的価格引上げ決定に参画しなかった事実を立証するために、前記第二の「事案の概要」一の9に記載したとおりの経緯で、平成三年四月三〇日本件供述調書につき再度の文書提出命令の申立をした。本件供述調書は、本件審査手続開始時に最も近接した時期に審査官による入念な取調べの下に作成された証拠として、参考人高木幹夫の審判期日における陳述の信用性を補強するために重要な証拠価値を有する。審判官が右申立を、単に「必要性がない」という理由で却下したのは、正当な理由がなく、かつ、理由を付さずに却下した違法がある。

2  被告の主張

原告が立証しようとした特殊事情の立証のためには高木幹夫の参考人としての直接陳述が効果的な方法であり、同人の本件審査段階での供述内容は、被審人代理人が自ら高木幹夫に面談して確認し得ることであり、事前の証拠開示の必要性もなければ、文書提出命令による取り調べの必要もなかった。平成三年四月三〇日の再度の文書提出命令の申立は、既に参考人高木幹夫が審訊において被審人の主張する特殊事情について詳細に陳述した後であり、その必要性がないことが明らかであり、しかも、被審人の申立の理由として述べたところは別の立証趣旨に変わり、審査官の調査の当否となったから、必要性がより乏しかった。右の再度の申立を却下した理由は、従前の本件供述調書をめぐる経緯から明らかであり、本件の場合は「必要性がない」という説示だけでも違法とまでいえない。

第三争点についての判断

一争点一について

1  本法の定める審判手続は、本法違反の行為の存否等を審理する目的で聴聞を行い、これに基づき行政処分である審決をするという型の行政手続の一つであり、一般の行政手続と異なり、次のとおり対審構造型の争訟的聴聞の手続が採用されている。すなわち、本法は、審判手続の開始に当たり、事件の要旨を記載した審判開始決定書の謄本を、被審人に送達し、審判期日を原則としてその発送の日から三〇日後に定めるものとして、被審人を審判期日に出頭させ(法五〇条)、被審人に審判の対象事項を事前に告知して弁解のための準備期間と機会を与えているほか、被審人に対し、当該事件に対する答弁を提出する権利、公正取引委員会が当該事件について行った排除等の措置又は課徴金の納付を命ずることが不当であることにつき、反論、証拠の提出等をする権利、公正取引委員会が出頭を命じた参考人若しくは鑑定人の審訊権などの防御をする権利並びに弁護士等を代理人として選任する権利を保障し(法五一条、五二条)、また、証拠不採用の理由の開示、審判の公開、認定した事実及びこれに対する法令の適用並びに課徴金の計算の基礎を示した文書による審決を保障している(法五二条の二、五三条一項、五七条一項)。右のような審判手続は、審決の内容の公正を確保するために採用されているものであるが、法五三条の二が参考人や鑑定人の資格、証言等の拒絶権及び宣誓につき刑事訴訟法の規定を準用していること、審査・審判規則における審判手続に関する諸規定の内容が刑事訴訟法規や民事訴訟法規に類似したものとなっていることに照らしても、行政手続の中でも司法手続にかなり類似したものであり、当事者に告知、聴聞及び防御の機会を与えるという適正手続の保障の理念の充足を志向しているものであることは明らかである。

2  このように、本法の定める審判手続は、準司法手続としての性格が強いので、司法手続と同様に、適正手続の保障の理念に適い、手続の主宰者である審判者は職務を公正に行うことが強く要請されているものと解するべきであり、その前提として、審判者が公平で偏頗でないことが必要不可欠であるというべきである。

この点につき、本法は、審判手続の主宰者について、公正取引委員会は、法四六条一項各号の処分のほか、その後の審決以外の審判手続の一部を審判官に行わせることができるが、ただし、当該事件につき審査官の職務を行ったことのある者その他当該事件の審査に関与したことのある者については、この限りでない(法五一条の二)として、公正取引委員会の下部組織の事務局職員レベルで、審査機能と審判機能とのいわゆる職能分離を規定している。審判官は、事務局の職員のうち、審判手続を行うについて必要な法律及び経済に関する知識経験を有し、かつ、公正な判断をすることができると認められる者について、公正取引委員会が定めるものであり(法三五条三項)、その職務を公正迅速に、かつ、独立して行わなければならないものであるが(審査・審判規則二七条二項)、その職務の公正を確保するためには、その公正な判断能力及び識見に依拠するだけでは、客観的公平さを期し難いので、右の職能分離によって、審判手続の主宰者である審判官の予断や偏見を排除し、審判手続の公正な運用と真実発見に資するため、手続主宰者の資格を規制したものである。

これに対し、本法は、公正取引委員会又はその構成員である委員については、右のような職能分離の規定を設けてはいない。それは、公正取引委員会が、基本的には、自ら審判を開始するか否かを決定し、かつ、審判をする機関であり、下部組織である事務局職員に、その事務処理や手続を行わせても、審査(調査)、審判手続の開始(訴追)、審判(聴聞)及び審決の権限を統括的に保有している(法二七条の二)からであって、公正取引委員会それ自体につき職能分離の規定を設けることは、とりもなおさず、このような権限を統括的に保有する行政委員会そのものを否定する結果となるからである。

公正取引委員会の委員長及び委員は、法律又は経済に関する学識経験のある者のうちから、内閣総理大臣によって、両議院の同意のもとに任命されるもので(法二九条二項)、その身分が保障されており(法三一条)、独立して職務を行い(法二八条)、同委員会は、委員長及び委員四人をもって組織され(法二九条一項)、その議事、議決に委員長及び二人以上の委員の出席を要する合議体の機関である(法三四条)から、その職務権限の公正な行使については、より高い識見及び人格に基づく誠実性と廉直性並びに合議体により思慮深い判断が期待されているものである。

したがって、公正取引委員会の主宰する審判手続においては、前述のような職能分離の規定を設けることはできないため、本法の規定上は、まず、右のような同委員会の構成又は委員の資質と、前述のような審判手続の準司法手続性とによって、審判手続及び審決の誤りをできる限り排除し、その公正を確保することが求められているものと解される。

3  ところで、公正取引委員会が審決により取り決める排除の措置等の内容は、極めて裁量の範囲が広く、本法に違反した事業者等に納付を命ずることのできる課徴金の額も相当高額なものとなり得るので、審決の結果が被審人の経済活動に及ぼす影響や不利益は甚大になる危険性がある。そのため、審決に不服のある被審人は、東京高等裁判所にその審決の取消を求めて訴えを提起することができるものとされているが(法八五条一号)、公正取引委員会の認定した事実は、これを立証する実質的な証拠があるときには、裁判所を拘束するものとされているので(法八〇条)、被審人にとって、公正取引委員会の審理判断が司法裁判所の第一審のそれと同視すべきものとなっているのに、審決の基礎となった事実の認定を争う機会を相当制限されることになる。このような点に鑑みると、公正取引委員会の主宰する審判手続は、準司法的手続としての性格が極めて強いものがあるといい得るので、同委員会又はその構成員である委員に対しては、審決案を作成するにとどまる審判官と同程度ないしそれ以上に、その職務の公正さが要請されているものと解すべきであり、職能分離の規定は設けられていないものの、準司法手続に関する法の基本原則として、審判者の公平を確保することが、公正取引委員会又はその委員に対しても審決をするに当たっては可能な限り求められているものと解すべきである。

4  以上検討してきたところによれば、公正取引委員会又はその委員が特定の事件について、審査に関与した場合、どのような事情があるときに、公平さに欠けるものとして、審決に関与する資格を喪失するとすべきかについては、前述の公正取引委員会の審査、訴追、審判の権限を統括的に保有する行政委員会たる性格と、準司法機関としての職務権限の公正な行使の要請との調和という観点に立って、当該事件において問題とされている被審人の利益、公正取引委員会の側の必要性と利益並びに誤った審決のされる危険の程度を考慮して決定すべきである。

(一) まず、公正取引委員会が、特にその必要性があって、自ら、特定の事件について審査し訴追した場合は、そのことを理由として同委員会が右事件について審決する資格を喪失すると解することは、同委員会を設けて実現を図ろうとした公的利益を損なうことになるから、当該審査時の委員を除いて同委員会を構成することができるときは格別、被審人の私的利益と対比するまでもなく、当該事件について、同委員会又はその委員が審決に関与する資格を失うものというべきではない。

(二)  公正取引委員会の構成員である一部の委員が、委員に任命される前に特定の事件の審査に自ら深く関わっていた場合は、同委員会の議事、議決の定足数(法三四条一項)に照らし、当該委員が同委員会の構成員として右事件の審決に加わる必要性のない限り、審決に加わることによって増進されるべき公的利益があるとはいい難く、他方、右委員が審決に加わるときに誤った結論の審決となる可能性とそれにより被審人の側の経済活動の自由が不当に制限される危険があることなどに鑑みると、右委員は審決に関与する資格を失うというべきである。

(三)  公正取引委員会の委員が、特定の事件の審査に関わっていたと否とを問わず、右委員につき、当事者との一定の身分関係、事件の結果と直接関係のある財産的利害、事件についての個人的偏見や予断を示す言動があるなど、当該事件の判断をするに当たり、その公平さが疑問とされる客観的事由があるときあるいは公平らしい外観が損なわれる事由があるときには、審決に関与する資格を失うものというべきである。

そして、右の(二)又は(三)に当たる事情があるにもかかわらず、その委員が当該事件の審決に関与したときは、右審決は、審判者の公平を確保するという準司法手続に関する法の基本原則に違反し、違法なものというべきである。

5  以上の観点に立って、本件につき検討する。

本件審判事件記録によると、原告代理人が、平成四年七月一五日の直接陳述聴取のための期日において、被告公正取引委員会に対し、委員の一人が本件の審査に深く関与したことを理由に、公正な判断を求めるためにその委員が審決に関与するべきでないことを婉曲に求めたこと、右委員が植木委員を指すものであることは明らかであったこと、植木委員は、本件が審査段階にある当時を含む昭和六二年六月三〇日から平成二年二月二八日までの間、被告公正取引委員会の事務局審査部長の職にあり、本件の審査を統括し指揮する地位にあったことが認められる。植木委員が、審査部長として、本件につき、事件の端緒に接し、同委員会へ報告する際の会議等によって事件に関与し、審査開始後は、事件処理の方針、方法等について検討する審査報告会議に出席し、審査官の同委員会に対する審査報告書によって審査の経過等を承知していたことは、被告公正取引委員会の自認するところであり、少なくとも、植木委員が右程度の関与をしたことは明らかであるというべきである。また、植木委員が、本件につき、平成元年六月六日八社に対する措置勧告がなされた場に審査部長として出席し、「関係会社のいろいろなご意見があることを踏まえたうえで勧告をした。」と言明し、同月一二日住友ベークライトの代理人である弁護士高橋勝好と面談した際、同弁護士に対し、「皆さんは、情報交換とカルテルとを混同している。」、「業界の意見交換は、カルテルの予備行為又はカルテル自体である。」、「本件は、そのような機会が非常に多い。」、「昭和六二年六月一〇日は情報交換といいうる以上の内容の議論がなされた。」、「それを示す書面もある。」、「相互に意思を疎通しとは、黙示の合意があったとの認定を示している。」、「概ね引き上げているというのは、値上げ額が概ねというのではなく、要するに、引き上げを承諾し、通知、実施していれば、その金額がいくらであっても概ね引き上げているということである。」などと発言した事実は、当事者間に争いがない。

右事実に照らすと、本件が審査段階にあった当時、審査部長であった植木委員は、本件につき、審査官に指定されていなかったものの、職務上、その具体的事実関係やそれを裏付ける具体的証拠の存在及び内容についての情報に接触しており、本件審判開始前の時点において、既に本件の事実関係について具体的な心証を持ち、右事実関係に対する法律の具体的適用及び結論についての意見を形成し、しかも、これを本件審査の統括責任者として対外的に表明していたこと(右の対外的な意見表明は、公正取引委員会の委員や職員の公正中立の外観の保持を要求している法三八条に徴し問題がある。)が明らかである。そうすると、植木委員が本件審決に関与することは、被審人にとって、本件審査の統括責任者として既に予断、偏見のある者が審決に関与することを意味するのみならず、現に植木委員が本件審決に関与するときには、本件審判手続で取り調べられた証拠にとどまらず、それ以外の証拠により形成された具体的心証や具体的意見をもって本件審決に臨み、被審人が争わない事実及び公知の事実を除いては審判手続における証拠調べの結果に基づいてのみ認定すべきものとする法五四条の三に違反し、ひいては誤った審決がされる危険が存在したものというべきである。したがって、植木委員が本件審決に関与したのは、前記4の(二)及び(三)の場合に該当し、被告公正取引委員会の公平さないし公平さの外観が損なわれる事由があったものというべきであり、しかも、本件審決に植木委員を関与させないとすることは、法三四条に照らしても何ら問題がなかったものであるから、原告が、本件審決前に、被告公正取引委員会に対し、婉曲的にであったが、植木委員が本件審決に関与するべきでないことを求めたことには理由があり、同委員会としては、植木委員を本件審決に関与されない措置を講ずるべきであったものである。

6 以上によれば、植木委員が関与した本件審決は、本法の定める準司法手続としての審判手続において必要不可欠な前提である審判者の公平を確保するという前述の準司法手続に関する法の基本原則に違反し、違法なものというべきである。この違法は、本件審決の結論に影響したかどうかにかかわらず、法八二条二号の本件審決を取り消すのを相当とする法令違反事由に当たるものというべきである。

二したがって、植木委員の本件審決への関与をもって憲法違反という原告の主張を含むその余の争点について判断するまでもなく、本件審決は取消を免れず、本件については、植木委員を構成員としない公正取引委員会においてさらに審理判断させるのが相当であるから、法八三条に基づき、本件を公正取引委員会に差し戻すこととする。

よって、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官栗原平八郎 裁判官櫻井文夫 裁判官柴田保幸 裁判官鬼頭季郎 裁判官長野益三)

別紙〈審決〉

被審人 東芝ケミカル株式会社

右代表者代表取締役 箭吹一誠

右代理人弁護士 西迪雄

同 向井千杉

同 富田美栄子

同 山下淳

公正取引委員会は、右被審人に対する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)違反事件について、公正取引委員会の審査及び審判に関する規則(以下「規則」という。)第六六条の規定により審判官滿田忠彦、同鈴木恭蔵及び同山木康孝から提出された事件記録並びに規則第六八条の規定により被審人から提出された異議の申立書及び規則第六八条の三の規定により被審人から聴取した陳述に基づいて、同審判官らから提出された別紙審決案を調査し、次のとおり審決する。

主文

一 被審人は、次の事項を紙基材フェノール樹脂銅張積層板の取引先販売業者及び需要者に周知徹底させなければならない。この周知徹底の方法については、あらかじめ、当委員会の承認を受けなければならない。

(一) 被審人は、昭和六二年六月一〇日、日立化成工業株式会社、松下電工株式会社、住友ベークライト株式会社、利昌工業株式会社、鐘淵化学工業株式会社、新神戸電機株式会社及び三菱瓦斯化学株式会社と共同して紙基材フェノール樹脂銅張積層板及び紙基材ポリエステル樹脂銅張積層板の国内需要者渡し価格を引き上げることを決定したが、この決定は破棄されたこと。

(二) 被審人は、今後、共同して紙基材フェノール樹脂銅張積層板の国内需要者渡し価格を決定せず、自主的に決めること。

二 被審人は、前項に基づいて採った措置を速やかに当委員会に報告しなければならない。

理由

一 当委員会の認定した事実、証拠、判断及び法令の適用は、次に付加、訂正するほかは、いずれも別紙審決案と同一であるから、これを引用する。

別紙審決案「第三 審判官の判断」中三五頁四行目に「本件臨時部会」とあるのを、「本件定例部会」と改める。

同三五頁四行目から五行目の「聞いたのであるから」の次に「(参考人倉田昌治の陳述)」を付け加える。

同四八頁五行目から六行目の「働きかけをしていないこと」の次に、「(審判の全趣旨)」を付け加える。

二 よって、被審人に対し、独占禁止法第五四条第二項及び規則第六九条第二項の規定により、主文のとおり審決する。

公正取引委員会

(委員長梅澤節男 委員宇賀道郎 委員佐藤謙一 委員股野景親 委員植木邦之)

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